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ジ・アイリー・ヴィンヤーズ
The Eyrie Vineyards

ジ・アイリー・ヴィンヤーズオレゴンピノの立役者『オレゴンピノパパ』

ジ・アイリー・ヴィンヤーズの2代目『ジェイソン レット氏』がワッシーズにご来店

DATE: 2015.7.12

ジ・アイリー・ヴィンヤーズ
オーナー兼ワインメーカー
ジェイソン レット氏
がワッシーズにご来店♪

ジ・アイリー・ヴィンヤーズのジェイソンさん(写真右)とドメーヌ・ドルーアン・オレゴンをデイヴィッドさん(写真左)招いて行われたセミナーに店長ハダノリが通訳として参加させていただきました!

通訳させていただいて”得な事!”といえば他の誰よりも詳しく生産者さんの事知れることです。

ジ・アイリー・ヴィンヤーズの2代目:ジェイソン レットさんはアメリカのみならず、世界に名を知られたピノパパ、レット氏のご子息!とは言えまったく飾らない、穏やかな方。小さいころからお父様と共にワイン造りが日常だったサラブレッド!ワインとそっくりの優しさがにじんでいます。(時々ウィットに富むエッジ―さも(笑)

創設者デイヴィット・レットといえばピノパパ!この人なしでニューワールドの ピノノワールはありえなかったんです。 UCデイヴィス校でフランス語の古い書物を自力で翻訳、ピノノワールを研究した時のノートを今も息子のジェイソンさんが持ってます。そのフランスの書物にはピノノワールは冷涼な地域で作る物。とあったそう。
それを原動力としディヴィットレットはオレゴンにたどり着いたのです。

ちなみに、ピノグリをヨーロッパ以外に持ち出したのもピノパパが 最初。そして、話を聞いてピノパパ偉いなーー。と思ったのは ロマネコンティやら、なんやらのスーツケースクローンや長靴クローン なんて実際は使っていない事!そんなん”やってはいけない事” 以前に、危険性がものすごーーーく高い事なんです。

デイヴィットレット氏は、大学の研究室できっちりと管理され 病原菌が全く含まれていない、健全なブドウ苗木しか使っていません。 せっかく見つけた、ピノノワール最上の地オレゴンを どこか他の国からやってきた耐性のない病原菌で 汚す事なんてあってはイケない事と考えていたんですね♪ 苗木なんて菌だらけなんですよー。
だから野生酵母での発酵も可能なわけで・・・

やっぱり、この方なしでは今のピノノワールの発展は無かった!

イベントでお話するジェイソン氏 サインを書くジェイソン氏 ランチ

”ピノ・パパ”の愛称で親しまれていたジ・アイリー・ヴィンヤーズ創設者デイヴィッド・レットは、オレゴン州ウィラメット・ヴァレーに初めてピノ・ノワールを植えたパイオニアとして、オレゴンワイン産業界の語り草となる象徴的人物です。 シカゴで生まれ、ユタ州ソルトレイク・シティで育ったデイヴィッドは大学で哲学を学んだ後、歯科医になるつもりでしたが、ある夏、ナパ・ヴァレーを訪れた際にワインの世界に惹かれ、ワインメーキングの道へ進むことを決意しました。

1964年、25歳でUCデイヴィス校を卒業したデイヴィッドは、ピノ・ノワールに適した産地を知るためヨーロッパへ渡り、ブルゴーニュとアルザスの生産者を尋ね廻り、帰国後、ピノ・ノワール を植えるのにもっとも適した産地は温暖で、冷涼なオレゴンだと悟り、同年の暮れに後に妻となるダイアナと3,000本のブドウの挿し木を携え、カリフォルニアからオレゴンへと向かいました。
翌1965年、ダンディー・ヒルズに9haの土地を見つけ、そこにナパ・ヴァレーの畑とUCデイヴィス校からかき集めたピノ・ノワールとピノ・グリ、シャルドネの挿し木を植えました。これがウィラメット・ヴァレーにおける初めてのピノ・ノワールの植え付けで、ピノ・グリはアメリカ初の植え付けとなりました。

ワインオリンピック 1979

1979年仏グルメ誌ゴー・ミヨが世界各国のワインを集めてパリで開催したワインオリンピックのピノ・ノワール部門において、75年ジ・アイリー・ピノ・ノワール(現サウスブロック・リザーヴ)がブラインド試飲で10位に入賞したことで、オレゴン・ピノ・ノワールの存在が世界へ知れ渡りました。

この結果に疑いをもったボーヌのジョセフ・ドルーアン社は翌年、同社のグラン・クリュ、プルミエ・クリュのワインを集め、ブラインド試飲の再試合を行います。そこでもジ・アイリーの同ワインがベスト2となり、オレゴン・ピノ・ノワールの確固たる真価が認められました。この2つの快挙は全米で大きく報じられ、その後、デイヴィッドにつづいて、何人ものパイオニアがオレゴンへ渡り、ワインを造ることとなりました。

自然に徹した造りダンディー・ヒルズに5つある自社畑はすべて有機栽培により育成され、開墾当初に植え付けた畑からは長命なリザーヴ・ワインが造られます。ワインはすべて自生酵母で自然発酵させ、ピノ・ノワールは500Lの旧樽で熟成されます。ピノ・ノワールは淡い色調で、ミネラルに富み、繊細で、数年寝かせるとすばらしい熟成味を醸し出しまし、またシャルドネ・リザーヴも同様に、ミネラルに富み、長期熟成に耐え得る資質とクオリティを兼ね備えています。

受け継がれるサクセス・ストーリー

2008年9月にデイヴィッド・レットが享年69歳で逝去した後、次男のジェイソン・レットがワイナリー経営と栽培・醸造を受け継ぎ、それまでと変わりないスタイルで、ニュアンスに富み、長期の熟成に持ちこたえるワインが造られています。

ジ・アイリーの名は最初にブドウを植えた畑に高くそびえる松の木に鷹の家族が巣を作り、宿ったことに由来しています(eyrie=高巣)。 醸造所は60年代、マクミンヴィル市街地の七面鳥の加工処理所を改築したもので、近い将来、ダンディ・ヒルズの畑に隣に新しいワイナリーが完成する予定です。

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