ザ・ヴァイスThe Vice
ザ・ヴァイスの早わかりポイント
- ワイン業界を隅々まで経験した天才マレックが始めた夢のワイン・ブランド
- モロッコのストリートから始まったマレックのストーリーはフォーブス誌にも掲載
- 目指すのは決して高価すぎない最高品質かつ手の届くナパワイン
- やり手で多趣味の創業者が挑むワイン造りという大きな道楽(=VICE)
“手の届く贅沢”を体現するナパのラグジュアリー・ワイナリー
ザ・ヴァイスは、2016年にナパ・ヴァレーで設立されたワイン・ブランド。
ナパをはじめとする厳選した畑のブドウを使い、単一品種の中心に、少量ずつ様々なワインを手掛けています。
ザ・ヴァイスの創業者であり、チーフ・ワインメーカーを務めるのはモロッコ生まれのマレック・アマローニ。これまでにユニークなキャリアを渡り歩いてきたマレックは、マスターソムリエLevel3の資格を持ち、若くしてワイン業界を牽引してきた逸材です。
ザ・ヴァイスは、いわばマレックの限りなく個人的なブランド。
ワインへの情熱だけでなく、トライアスロンなど多くの趣味を持つマレックは、ワインブランドの名前を『背徳感のある道楽』といった意味のある“The Vice”と名付けました。
ザ・ヴァイスでは、マレック自らトラックに乗ってブドウの調達へ向かい、ワイン造りから販売に至るまで可能な限り自身の手で行っています。マレックの情熱はそれだけにとどまらず、朝起きてから夜寝るまで(ときには夢の中でさえも!)ザ・ヴァイスのアイデアを考えているそう。
ザ・ヴァイスが目指すのは、コアなワインファンにも初心者の方にも選ばれるワインです。
“世界で最も優れたワイン”が、決して“最も高価なもの”ではないと信じ、最高の品質のワインを最高の価値で提供することに力を注いでいます。
ファースト・ヴィンテージに手掛けたワインはシャルドネ1種類500ケースだけ。しかし、人気とともに徐々に生産量を増やし2020年時点では16種類を超えるワインを合計2万ケース以上生産しています。
現在ザ・ヴァイスはナパのトップ生産者の15%に入っています。なぜならナパにはたった550のワイナリーしかなく、その80%の生産者が1万ケース以下しか作っていないからです。
創業者マレックがワイン造りに挑むまで
ザ・ヴァイスのオーナーであり、チーフワインメーカーのマレック・アマローニの経歴はとってもユニーク。
その稀有な経歴は2020年8月『モロッコのストリートディーラーから高級ワインメーカーに転身』とフォーブス誌に掲載されるほど。
モロッコで生まれたマレックは、12歳でテコンドーの黒帯を取得し、16歳で飛び級により高校を卒業した文武両道を地で行くような秀才でした。
高校を卒業したマレックは、父の勧めでアフリカ・セネガルの大学で医学の道へ進みます。大学での成績は悪くはありませんでした。しかし当時のマレックは、将来、自分が医者になる想像することができなかったといいます。
そして17歳の時、ついに大学を辞め、無計画のままニューヨークへ渡米してしまいます。
ホームレス生活から始まったアメリカ暮らし
マレックは、渡米時にお金をほとんど持たず、ポケットに入っていたのはたったの現金150ドルでした。
当然、家を借りることもできなかったマレック。最初の6か月は、地下鉄の駅や路上でホームレスとして暮らしながら働いていたそう。
皿洗いなどの雑用に始まり、必死に働いた結果、数年後にはソムリエとなり、21歳になる前にはパークアヴェニューの18番街にあった高級フレンチ・ジャパニーズレストランでワインバイヤーの業務についていました。
これはワインの世界ではかなり早い出世であったと言えます。
自身の商才を発揮し、ワインの世界を駆け上がる
マレックは、21歳の誕生日にモエ ヘネシー ディアジオに雇われニューヨークで営業として働くことに。
彼が凄いのは、わずか4年で営業トップまで昇りつめたところ。モエ ヘネシー ディアジオで働いていた10年の間、営業成績はトップクラスだったため、周囲からも天才と謳われていました。
マレックのすごいところはこれだけではありません。彼はモエ ヘネシー ディアジオでトップ・セールスとして働く傍らで、副業として自身でワインの輸入を行っていたのです。
輸入・販売を行っていたのはウルグアイ、チリ、スペイン、イタリア、フランスといった世界中のブティックワイナリーのワイン。長期休暇を利用しては世界中にに出張し、アポ無しでワイナリーを訪問しては気に入ったワインを仕入れていたそう。
趣味への情熱が新たな道へ
営業マン、そしてワイン輸入業として多忙な日々を送っていたマレックでしたが趣味に費やす時間も忘れてはいませんでした。
以前からナパヴァレーのワインの大ファンだったこともあり、この頃には取り憑かれたように飛行機でニューヨークとナパを行き来するようになっていました。
同僚たちには、ただ『週末はネットフリックスを見てくつろいでいたよ』とだけ伝えていましたが、実際には金曜日の朝にニューヨークを出発し、昼前にはナパへ。そして日曜の夜に赤い目でマンハッタンにもどり、月曜日には何事も無かったように仕事に戻る、という多忙な生活だったといいます。
ナパ滞在中は特に予定を決めず、ワインメーカーたちが集まりそうな場所へ行っては、たくさん話をしてネットワークを築いていきました。そうやって毎週末を過ごすうちに、知り合いがどんどん増え、直接その人たちからワイン造りを学んでいったのです。
そんな生活を続けるうちに、マレックは大好きなワイン産地“ナパ”には、日常的に楽しめる価格のワインが少ないということに気が付きました。
それと同時に、ワイン業界の様々な職業を経験したマレック自身にとって、唯一まだやった事のない仕事“ワイン造り”への気持ちが高まっていきました。
2013年、趣味として始まったザ・ヴァイス。まだニューヨークに拠点を置いていた2016年になってようやく最初のヴィンテージ2013年シャルドネをリリース。マレックの次なる夢がようやくスタートしました。
ザ・ヴァイスのワインについて
手の届くワインを造りたいと考えていたザ・ヴァイスでは、ワインを造るにあたって工夫をしています。
ザ・ヴァイスでは自社畑を持っていません。
ナパヴァレー中のサブAVA(ネステッドAVA)から単一畑・単一品種のワインを造り出すために、使用するブドウは、各地域の栽培農家と契約して調達しているのです。
ブドウを安く譲ってもらうための条件があり、畑の場所や名前の公表はしていませんが、中には有名な生産者もいるのだとか。
また、ワインの醸造はワイン・ブランドを持ち醸造施設のあるブドウ栽培農家の設備を借りて行っています。
これは、自身で醸造設備等を整備することで必要となる経費を、ワインの価格に転嫁することを避けるため。
こうして完成したワインを、マレック自身でラベルを貼り、営業もこなしているのです。
単一畑のカベルネソーヴィニヨンを熟成期間別に3種類のワインとしてリリースしたV1・V2・V3シリーズや、マレックの趣味であるトライアスロンへの寄付を目的とし、ブドウもトライアスロンと同じく3種類ブレンドした“ザ・トライブレンド”など、ナパ・ヴァレーの常識にとらわれないユニークな取り組み数多くも行っています。
ちなみに、ワイン業界でなんでもこなしてきた才能のあるマレックですが、唯一デザインセンスだけは絶望的。デザイナーで妻のトリーはマレックが描くブドウの樹の絵を見で「ヤシの木にも、マッシュルームにも見える」と言ったそう。
逆に、その絵がいろいろと想像させて良いのではないかと、ザ・ヴァイスのロゴの“I”部分に採用されています。