ムーリラMoorilla
ムーリラの早わかりポイント
- 天才的な頭脳で成り上がった元プロギャンブラーがオーナー
- 個性派オーナーとは対照的にワインは冷涼なタスマニアの気候を活かしたクラシック・スタイル
- 前オーナーから引き継いだタスマニアで2番目に古いワイナリー
- ワインメーカーは有名評論家ジェームス・ハリデーが紹介した腕利き“’コナー・ヴァン・デル・リースト”
- 併設するMONA美術館は、オーナー所蔵の風変わりなアートが楽しめるタスマニアの有名観光スポット
大富豪にして元プロギャンブラーが造る人気タスマニア・ワイン
「ムーリラ」という言葉は、アボリジニの方言で「水辺の岩」の意味。オーストラリア本土から約240km南方にあるタスマニア島にあるワイナリーです。
タスマニア島は、北海道より一回り小さく、周りを海に囲まれた手つかずの自然が残る島。人が住める環境下で、「世界一 水と空気の美しい場所」と言われています。
そんな美しいタスマニアにあるワイナリー“ムーリラ”のオーナーの名はデイヴィッド・ウォルシュ。このオーナー、なんと天才的な頭脳で大富豪にのし上がった元プロギャンブラーなんです。
元弁護士、元医師など、別の職業を経てワイナリーを持つ人は数多くいますが、これほどまで個性的な経歴を持つワイナリーオーナーは居ないんじゃないでしょうか。
ムーリラで造るワインは、個性的なオーナーとは対象的にクラシックで王道なスタイルで人気。
若いうちに飲むのにぴったりなフレッシュで果実味に富んだ『プラクシス・シリーズ』と、クラシックなヨーロッパのワイン造りをタスマニアで表現する『ミューズ・シリーズ』
冷涼なタスマニアの気候を反映したムーリラのワインをぜひお楽しみください。
まさに成り上がり!大富豪デイヴィッド・ウォルシュの異色すぎる経歴
ムーリラについて説明するには、まずはオーナー“デイヴィッド・ウォルシュ”について語る必要があります。
頭脳派ギャンブラーとして大成功
デイヴィッド・ウォルシュは、1961年タスマニア生まれ。ムーリラ・ワイナリーが現在ある場所のほど近く、州都ホバート郊外のグレノーキーで決して裕福とは言えない家庭に育ちました。
デイヴィッド・ウォルシュが人生を大きく変えたのは、タスマニア大学で数学やコンピュータサイエンスを学んでいたころでした。ウォルシュは、自身の数学的センスを生かして大学の近くにあるオーストラリア初の合法カジノ“ウェストポイントホテル”で勝ち始め、自分の才能は、ギャンブルに生かせるということを知ったのです。
デイヴィッド・ウォルシュは、これを皮切りにビジネスパートナーと共に世界最大のギャンブル組織バンクロールを結成。ウォルシュの数学的センスと、独自のコンピューターソフトの開発によって、ポーカー、ブラックジャック、競馬などで勝利を収め、ギャンブルによって莫大な富を築いていきました。
しかし、ギャンブルではお金を増やすことはできても何も生み出すことはできません。大富豪となったウォルシュの心には、罪悪感や虚しさが深まっていったといいます。
そんな中、新たな一歩を踏み出す出来事が起きます。
ギャンブルの稼ぎを元手にアートコレクターへ
1992年、ウォルシュは南アフリカのカジノで得た賞金を、現金で持ち出すことができず、ナイジェリアのヨルバ族の扉を18,000ドルで購入。以降、アートコレクターとしての一面がスタートしました。
ギャンブルで勝ち取った資金を使って、着々とアートコレクションを構築していたウォルシュは、1995年、膨大な美術品を保管するための場所としてホバート北部の郊外にあるムーリラと呼ばれる小さな半島の土地を購入。
この場所は、オーストラリアを代表するテキスタイル・ブランド“シェリダン”の創設者でありながら、国立オペラ歌劇団“オペラ・オーストラリア”や、“オーストラリア・バレエ団”の設立に関わるなど、芸術分野に造詣が深かったクラウディオ・アルコルソが1948年に購入した19ヘクタールの土地でした。
ウォルシュは、アートと繋がりが深いこの場所に自身のコレクションを集めた美術館をオープン。さらに2011年、より多くの人々に見てもらう為にデイヴィッド・ウォルシュのアイデアをふんだんに詰め込んだ新美術館MONA(Museum of Old and New Art )をオープンしました。
MONA建築の際には、2億ドルとも伝えられる費用を捻出するために、世界有数の賞金額を誇る競馬メルボルンカップで1600万ドルを荒稼ぎしたという、なんともギャンブラーらしいエピソードが伝えられています。
この美術館MONAのテーマは”性と死”という過激で大胆なもの。丸々と太った赤いポルシェや、全身タトゥーの男性・牛の死体の彫刻など実にユニークな展示がされています。
2016年、デイヴィッド・ウォルシュは「MONAの設立を通じた視覚芸術への卓越した貢献、文化・慈善・スポーツ・教育団体の支援者」としてオーストラリア勲章(AO)を受章。貧しい子供時代から、ギャンブラーとして財を成し、ついには故郷タスマニアに貢献して勲章を得る様は、まさに成り上がりのサクセスストーリーと言えるのではないでしょうか。
前オーナーから引き継いだムーリラでのワイン造り
もちろん、このムーリラの土地は美術館があるだけではありません。前の所有者クラウディオ・アルコンソは、タスマニアに近代的なワイン産業を興した醸造家でもありました。ムーリラは、タスマニアで2番めに古いワイナリー。この土地では1958年からブドウの樹が植えられ、人々が手摘みで収穫した葡萄を足で踏み潰し、野生酵母による発酵をさせたという記録が残っています。
現オーナーのデイヴィッド・ウォルシュは、この歴史あるワイナリー『ムーリラ』を引き継ぎ、ワイン造りも行っています。
もともとは、美術品の保管場所として購入したムーリラでしたが、今ではワインを造る(ワイン造りは醸造家が行うため、実際にはワインを飲む)ライフスタイルに魅了されているとのことです。
ムーリラでワインメーカーを担うのは、カナダ出身のコナー・ヴァン・デル・リースト。オーストラリアで最も著名なワイン評論家ジェームズ・ハリデイに紹介されて、ムーリラのワイン造りに携わることになりました。
コナーが起用される2007年までのムーリラでは、フランスで行われるような無灌漑のブドウ栽培を数年間行っていました。しかし、それは雨の少ないタスマニアの気候が考慮されておらず、品質の良いブドウ造りとは程遠いものでした。
ワイナリーを一新しようと考えたデイヴィッド・ウォルシュは、コナーに一言『とにかく素晴らしいワインを造れ』とだけ伝え、ムーリラで自由にワイン造りをしてもらうことにしました。
この作戦は大成功。コナーは、これまでにフランスのラングドックやシャンパーニュ、オーストラリアなど世界各地で培った新旧さまざまなスタイルのワインづくりの経験をもとに、ムーリラのワインを確立。幅広いワインファンから人気を集めるようになりました。
ムーリラのワインスタイル
コナーの造るワインは新世界の果実味と旧世界の複雑さを合せ持つスタイル。さらに、ムーリラ独自のテロワール(氷のように冷たいダーウェント川から吹く風や、古代の土壌、ゆっくりと熟す果実まで)を表現する造りに仕上げられています。
白ワインは基本的にステンレスタンクで醸造し、ピュアな葡萄の果実味を最大限引き出します。樽を使用したシャルドネもマロラクティック発酵(乳酸発酵)は行わず、味わいの方向性は一貫しています。
赤ワインはタスマニア島でも代表とされるピノノワールで、一部の葡萄は除梗をせずに全房にて発酵します。
ワインにタンニンや複雑味をもたせ、樽熟成も新樽は2割以下、バランスを重視した造りです。
果実味・酸・樽のバランスに優れ、グラスから溢れ出んばかりのイチゴやさくらんぼの芳香。新旧の長所を取り入れた、余韻の長いスタイルに仕上がっています。