グラマシー セラーズGramercy Cellars
ワシントンワインの将来を牽引する存在
グラマシー・セラーズは、オーナーであるグレック・ハリントンが、ワシントン・コロンビア・ヴァレーやワラワラ・ヴァレーを中心に「土地の個性を表現し、新樽が強く出過ぎない、酸のバランスが良く、食事と共にあるワイン」を造りたいと2005年に設立したワイナリーです。
グラマシーとは「驚き」や「感謝」の気持ちを表す古語。グレッグ夫妻の思い入れの強い、ニューヨークにある唯一のプライベートパーク、グラマシー・パークからワイナリー名をとり、ラベルデザインは、独特の雰囲気を持つグラマシーパークの柵を、現代モダンアートで知られるドロール・ベンシェトリットがデザインしました。
オーナーは当時最年少でマスター・ソムリエとなった
グレッグ・ハリントン
オーナーのグレッグ・ハリントンは1996年、25歳の時に当時最年少で、「コート・オブ・マスター・ソムリエ」協会の最高位にして最難関と言われる「マスター・ソムリエ」を取得した人物。
ニュー・ヨーク、ラスベガス、シカゴなど全米各地でソムリエ、ワイン・ディレクターとして辣腕を振るい、有名レストラン・グループのトップや各ワイン団体の主宰を務めた、アメリカでは知る人ぞ知るワイン業界のキー・パーソン。 カリフォルニア、オレゴン、ワシントンのみならず、世界中のワイナリーからも一目置かれる存在です。
グレッグのキャリアの一部:BR Guest Restaurants & James Hotelsの飲料ディレクター、ニューヨーク、ラス・ベガス、スコットデール、シカゴの15のレストランとホテルの飲料監修、Wolfgang Puck Groupのワインディレクター(Spago, Postrio, Chinoisを含む)、様々なレストランのワインを監修指導し、ワイン・スペクテーターのベスト・グループ・レストランの最優秀賞を取得など数えきれない輝かしいキャリアを持ちます。
マスター・ソムリエがグラマシー・セラーズを設立した理由
ワイン業界での輝かしいキャリアを持つグレッグ・ハリントンがなぜ自らワイン造りに乗り出したのか。
グレッグと妻のパムは2004年にニューヨーク在住中に「ワラワラ・ワイン・アライアンス」が企画したテイスティングに参加。ワシントン州ワラワラ・ヴァレーのワインに高いポテンシャルと将来性を発見しました。
グレッグは、早速ワシントンに飛び、テイスティングや畑の訪問を繰り返すようになり、ついには『レストラン・ビジネスをリタイアしたら、ワラワラに移住し、ワインを造りたい』という夢を持つようになります。
ワイナリー設立は5年後を目途に、と考えていたグレッグでしたが、夢への想いは日々強くなり、2004年の収穫の際、ついに「アメリカ中探してもワラワラのワインほどグレッグ好みであり、将来性に優れたところはない」と確信。 成功していたレストラン・ビジネスを離れ、ワイン造りの地ワシントンへ移住、早くも2005年にグラマシー・セラーが設立されることになりました。
ワラワラ・ヴァレーとグレッグの存在がこれからのワシントンワインの指標となる
ワシントンワイン産地の中でも別格の感のあるワラワラ・ヴァレーは非常に痩せた土地、日照量の多さ、夜の冷涼さ、雨がほとんど降らない長い生育期間、複雑な土壌構成・・・と最良の小粒な葡萄を産する絶対条件が整っており、すでに評価の高いクウィルシーダ・クリーク、レオネッティ、カユース、Kヴィントナーズなどが素晴らしいワインを産しています。
ここにグレッグが参入することにより、すでに新しい若手ワインメーカーたちのコミュニティーや意見交換の場、コラボレーションなどが始まっており、今後グレッグの経験豊富なレストラン業界でのキャリアや理想とする食と共にあるべきバランスの取れたワイン造りがワシントンワインの将来をけん引していくと思われます。
既にワイン造りを始めて数年の2008年度に、シアトルのワイン雑誌からグレッグはベスト・ニュー・ワインメーカーを、グラマシー・セラーズは、Wine & Spirits誌から、2010, 2011, 2012, 2013, 2014年度の世界Top100ワイナリーに選出されています。
グレッグは現在も、コーネル・ホテル・スクールにおいて客員講師を務めており、コート・オブ・マスター・ソムリエ協会協会の議長、ワシントンワイン協会の要職、ワラワラ地区のワイン・トレードの講師でもあります。自社畑グラマシー・エステートをワラ・ワラ・ヴァレーに取得し進化を続けています。